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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編3): 4代目

 

清川家は自分で4代目。
 
ひいお爺さんは、家が借金の問題でつぶれて小学校を出ただけだったらしいけど、商才のあった人で努力して浜松で米屋と肥料商で成功したそう。
 
お爺さんは、第2次大戦で戦火にあった浜松から北の天竜に疎開して、そこで豊富な木に目を付けて下駄の製造を始めた。聞く話によれば海外に下駄を輸出しようともしたらしい。
 
親父は、自分がまだ幼稚園児のころにアメリカ人の先生1人のところから、英会話スクールを始めた。
 
そして、僕はカレー屋(笑)。
 
毎代毎代、違う商売を始めてる清川家の血ってあるんだろうか?

 
 
遺伝的な血があるかどうかは分からないけど、僕自身が生まれたときには、すでにお爺さんはいなかったから、背中を見て育った父親の影響が本当に大きかった。
 
父親は、笑顔の明るい楽しい人で、やさしくて繊細な人だった。周りの人のことを考えられる人で、子供の僕たちにも本当に心のからの愛情を注いでくれた。(ほめすぎ?)

起業したころは大変だったと思うけど、自分の好きで夢中になれる仕事をしながら、家族の時間も大切にしてくれた。
 
そんな人生や自分の可能性にチャレンジして、生き生き暮らしている父の背中を見て育って、自分も物心をつくころには、「将来は、いずれ自分自身で事業をはじめてみたい」と思うようになっていた。


 
そして父親が外国語関係の自分の仕事と同じくらい力を注いいたのが、地域の国際交流協会でのボランティアだった。

浜松でホームステイのホストを募ったり、子供たちを海外に連れていったり、イベントやったり。
自分自身も楽しみながら浜松を拠点に世界との接点を持って暮らしていたように思う。
 
残念ながら父は自分が大学生の時に寿命を迎えてしまったけれど、今でも父の生き方や父と過ごした時間は自分の中にあるとても大切な財産だ。
 
父の死後、父の友人が伝えてくれた言葉は今でも覚えてる。

「お父さんは、英会話の学校と、国際交流の活動が、車の両輪みたいにうまくかみあっていたんだよ。そしてお父さんは最高の運転手で、その車に乗せてもらった私たちも本当に楽しかったし、幸せだった。」
 

 
ひいお爺さんがやっていた清川商店には、こんな話も残ってる。

ひいお爺さんの気持ちから清川商店では、食べるものに困ってお腹をすかせている人たちに、店先で無償で食事を提供することを始めたそう。そして、それを聞いた東海道の多くの人たちが浜松の清川商店を訪れるようになったとのこと。

店周りに生活に困った人たちがあふれる状況になって、治安を気にした警察に止められるまで、この無償の食事は続いたらしい。
 

 
地球を救うカレー」という、みんながハッピーになる商売のコンセプトが僕の中で生まれたのは、僕の体験や考えからだけじゃくて、知らない間に父や、お爺さん、ひいお爺さんたちの生き方や働き方が、きっと僕の中に引き継がれていたからなんじゃないかと思う。
 
父や祖父や曾祖父に比べて、まだまだな自分だけど、恥じない働きかたができるようにこれからもがんばります!

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2013年2月12日 kiyo curry |

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