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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編11): 二十歳の春

 

大学1年生の1学期は、自分が大人になるために必要な時間だったと思う。。。。。
 
 
思い焦がれて入学できた一橋大学。
 
入学式での学長や先輩の刺激溢れる言葉。
始まった授業で自分の前に広がった広大な「知」の世界。
部活やサークル選び、そして新しくできた友人たち。


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春から始まった新しい生活が落ち着く頃、僕は焦燥感を感じ初めていた。
 
望んで入った大学だったのに、勉強でも、サークル活動でも、自分の心が満たされるような場にはなかなか出会えなかった。
 
長い浪人生活を送るうちに、いつの間にか、大学生活への漠然とした期待値が上がりすぎていたようで、実生活とのギャップを感じていた。
 
そして、気づいたことがある。
大きな人生の目標での「父のように自分で事業を起したい」との思いから、その勉強のために一橋大学に行く、と考えていたけれど、いつの間にか大学に入学することが目的になってしまっていたことに。
入学後の生活を思い描いたり、入学後の目的や目標を持ったりすることになしに、大学入学を目指していたことに。
 
 
いま、これを書いていて、「おい、おいッ!」ってツッコミを入れたくなるようなやつだな自分(笑)! 真面目すぎだし、子供過ぎだよね(笑)!
 
しかし、当時の自分にとっては大問題。
せっかく入学できた一橋大学を辞めようか、とも考え始めた。
 
結論が出ないまま、焦燥感は強くなるばっかりで夏休みに突入。
もう、この頃にはいったい自分が何をしたいのか全然わからなくなっていて、精神的にドツボにはまってました。
 
 
そんな状況を打破するきっかけは、北海道に北の島にあった。



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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編10): 大学入試(2)

 

1年後の再挑戦を決意して、もう本当に死に物狂いで勉強した!
 
寝たり、食事したり、お風呂に入ったりしている以外の時間は勉強した。
 

勉強するだけでなくて、1日おきに走りこんで、走らない日は筋トレして、1年後の冬には絶対に体調を崩さないよう努力も始めた。
 
予備校も、入学の試験の結果次第で授業料が免除されたり、半額になったりする別の予備校に移って、東京のおばあちゃんの家に間借りさせてもらって、費用をおさえて浪人できるようにした。

 
 
4月が過ぎ、5月のゴールデンウィークのころには、今の学力があれば、一橋大学に合格できるって、確信できるところまでになれた。
 
あ~、あの冬の体調不良さえなければ。。。。。
 
ただ、その時に思ったのは、現役の時の受験で、取り組の真剣さが足りなかったこと。

バスケ中心の生活だったことを言い訳にして、受験に失敗しても、正直悔しさがたりなかった。

だから、1年目の浪人生活で自分を追い込む真剣さが足りなかったんだと思う。
 

 
2年目の浪人生活での集中力は、人生でもこれだけ集中するのってないぐらいの集中力の高さだった。

ラジオを付けて勉強してたことが多かったけど、一度テキストを開いて勉強を始めれば、自然とラジオの音は耳に聞こえなくなった。

で、勉強を終えようとすることから、またラジオの音が聞こえ出した。
 

 
ゴールデンウィークのころには、一橋に合格できるだろと確信していたけど、手を緩めずおもいっきりストイックに勉強した。
 
全国模試でも1桁の順位になった。
 
日本の大学だったら、どこでも受かるんじゃないかと思うとこまで勉強した。今度は、万全の状態で受験したかったから。
 
 
 
そして迎えた3度目の受験。
 
今度は、絶対的な自信と体力(笑)で望んで、ほぼすべての受験会場であっという間に答案を書き上げて、見直しもばっちり。


 
一橋大学の合格発表の日、国立(くにたち)キャンパスの合格者掲示板の前で、ドキドキしながら発表を待っていた。
 

もし、今回もダメだったら、もう他の大学に行こうと、思ってた。
 
自分のできることはやれるだけやった。

自分も追い込んでこれ以上出来ないくらい勉強した。

これだけ、一つのことに打ち込んで努力したのは人生初めてだった。

だから何の後悔もなかった。
 

この経験のおかげで、自分の「あきらめない気持ち」と、「努力すること」への自信がついた。
 
 

 
そして、発表。。。。。
 
 
 
あった!
 
 
自分の受験番号があった!
 
 
うれしかった!もう本当にうれしかった。
 
現役の大学生の人たちが胴上げしてくれて、国立のキャンパスで宙を舞った!
 
 
再挑戦を許してくれた両親、一緒に生活してサポートしてくれたおばあちゃんやおばあさん、ありがとう!
 
 
 
結果的に、その年、受験した大学には全て合格! Yes I can!
 
そして春から、あこがれの一橋大学でのキャンパライフが始まった。。。。。
 
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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編9): 大学入試(1)

 

高校の時に将来の進路を考えて、自分が行きたいなと思った大学、学部は、一橋大学の経済学部だった。
 
 
父の背中を見て育って、「いずれは、起業して自分で仕事を作ってみたい。」と思ってた。
 
「だったら、日本で一番経済に強い大学に行こう!」
 
「自由な校風で、経済界で活躍する人材をいっぱい育ててる。アウトロー的なかんじもいいな。」

「一橋には、経済学と商学部があるけど、しっかり経済学の基礎を身につけた方がいいんじゃないか。」
 
 
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当時、一橋大学のキャンパスがあった東京の小平市や国立市には親戚が住んでいて、子供のころから遊びに行かせてもらっていて、玉川上水があったりする武蔵野の雰囲気もいいな、と思ってた。
 
 
今、思うと、ここで「世界で一番」って観点で選ばないで、「日本一」だったのが、自分の視野の狭さだよなー、って思います(笑)。
 
しかも、高校を卒業したら、そのまま大学に行こうと思っていたのも、今思うとどうかなと思う。一度社会に出てから大学に行くことや、そもそも大学に行かないことも含めてちゃんと考えてなかったなー(笑)
 
 
 
てなわけで、一橋大学に行くことを決めたのはいいけれど、そこはバスケ馬鹿の高校生
とても、そんな成績じゃなかった(笑)!
 
目指すのを決めるのはみんなの自由なんだけどね!全く学力が伴ってなかった(笑)!
 
夏のインターハイ予選までしっかりバスケして、そこから力を入れて勉強したけど、残念ながらというか、順当に不合格(笑)。
 
 
 
初めての大学受験が終わった春には、東京の予備校の一橋大学コースで受験勉強スタートなのでした。

(ちなみに、この時のクラスメートに、後々自分がカレーで関わることになる運命の人?がいたんだけど、このときは全く友達にならなかった。というか、その人がいたことも知らなかった。)
 


さて順調に勉強を進めて、いよいよ勝負の2年目の受験の冬。
 
勉強の合間に走ったりもして、バスケで鍛えた体力も残っていたはずなのに、が、しかーし、最後の追い込みのこの時期に、なんと思いっきり体調を崩してしまいました!
 
もう、机に向かっても1時間で集中力も切れるし、だるい。で、すぐにベットに横になっちゃう。
 
これが、受験シーズンまで続いて、予定していた直前の大切な勉強がうまく進まないし、体調は悪いし、気持ちは焦るしで、結果、またもや一橋大学は不合格(泣)
 
 
一橋と同時にいいなと思っていた慶応大学の経済学部とSFCも受験したけれど、こちらは補欠合格で、結局、補欠のままで合格にはならなかった。
 
受験前に、自分の学力からして、一橋や慶応は最後の追い込みの勉強でなんとか合格できるかどうかだけど、それ以外のだいたいの大学だったら受かるな、と思ってました。
 
で、「多分、一橋や慶応以外に受かったら、そこに行くことを選んじゃうだろうな」とも思っていたので、あえて退路を断つことにして、1校だけ滑り止めで、一橋の尊敬する教授が一橋を退任されて学長をしていた大学も受験した。
 
 
 
受験の合否結果が出揃った後、その滑り止めで受けた大学に、入学金の仮払いを両親に頼んでしてもらいました。
 

 
そして、その日の夕方までに、入学辞退をすれば入学金が返ってくるという3月のある日。
 
その日になっても自分は迷ってた。
 
 
「この大学にいくのか、2浪して、夢の一橋大学に再挑戦するのか。」

 
一橋大学のキャンパスに行って、うろうろ。
 
その大学のキャンパスに行って、うろうろ。

 
「2浪なんて。。。。。」

「一橋の夢をあきらめるのか。。。。。」
 
人生初めての挫折らしい挫折。。。。。
 

 
迷いに迷って、合格した大学の入学辞退の手続きをする教務課近くの公衆電話から、実家に電話したのは、手続き締め切りの本当にぎりぎり直前。
 
「お父さん、お母さん、申し訳ありませんが、もう一度、一橋大学受験に挑戦させてください。」
 
そう伝えて、その足ですぐ教務課に急ぎ、入学辞退の手続きをした。(続く)



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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編8): 僕ってカレー好き?

 

自分がカレーが好きだって気付いたのは、東京での浪人時代。
 
 
実家にいたときは、土曜の昼はカレーかラーメンが1週間おきに交互に食卓にあがっていたかな。
 
うちのカレーは、バーモントカレー。
家族みんなが食べられるように甘口だったと思う。
お父さんは、タバスコをそれにかけて辛くしてたっけ。
 
 
僕が子供ころは外食はそんなに頻繁じゃなかった。
でも、たまーに行くレストランの中に、インド料理屋さんがあった。
 
家のカレーと全然違うけど、香り豊でリッチでおいしいインドカレー。

ふかふかでアツアツのナン。

香ばしくてスパイシーなタンドリーチキン。

タンドールを使ってインド人の料理人が料理しているところも見えた。ガラスに張り付いて見てたな。

お父さんが「店で一番辛いカレーをくれ!」ってオーダーしたら、一口しか食べられないこともあったけ(笑)!
 
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家のカレーも好きだけど、たまに連れて行ってもらえるインド料理屋さんは、料理と雰囲気で、自分に海外の文化への興味を持たせてくれたきっかけだったかもしれない。。。。。
 
 
実家を離れて東京に来て、自分で好きな食べ物を選んで食べられるようになって、お昼はクラスメートと、予備校周りの大学の学食に行って食べることが多かった。
 
そんなあるとき友達の一人が、「清川ってカレーよく食べてるよね?」って言ってきた。
 
「確かに!週の半分はカレー食べるよな。自分ってカレー好きなのかな?」
 
それが、初めて自分がカレーを好きかもしれないって認識した歴史的(?)瞬間だった。
 
 
このころはもちろん、いずれ自分が浜松に戻ってカレー屋をやるなんて思ってもなかったです!



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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編7): バイバイ静岡

 

「愛されて育った子供は、人を愛せる人になる。」
 
誰の言葉だったか、覚えていないけど、その言葉を聞いたときに思いだした光景がある。
 
 
電車で旅立つ自分を、線路のわきから見えなくなくなるまで見送ってくれた、おばあちゃんの笑顔だ。
 
それは、僕が高校生の現役での大学受験は失敗して、浪人生活を送るために東京に旅立った日のこと。
 
 
生まれ育った家を離れて、家の近くの駅から東京に向かう電車の中、ちょうど電車が家の裏のあたりを通り抜けるときに、線路わきの道で手を振りながらおばあちゃんが見送ってくれた。

あの、おばあちゃんの笑顔を、僕はずっと忘れない。
 
本当に、自分を信頼して、愛してくれているおばあちゃんの顔だ。
 
 
おばちゃんが幸せでいてくれるなら、僕はなんだってしたいって思った。
 
 
お父さんにも、お母さんにも、そして同じ街に住んでいた母方の祖母の兄弟の大叔父、大叔母にも、自分たちの子供がいなかったこともあって本当に孫のように幼いころから愛してもらった。

もちろん、東京のおじいさん、おばあさん、おばさんにも。
 
 
おかげで、我々兄弟はすくすく育つことが出来たと思う。


こうして、僕は生まれ育った家を離れて、東京にむかうことになった。


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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編6): あやしい探検隊


「先生、まじめな生徒ではありませんでした。ごめんなさい。」

と軽く懺悔した僕が、高校の授業中に夢中になってよく読んでいたのは椎名誠さんの本。
 
 
中でもあやしい探検隊シリーズが大好きで、よく読んでたな~。
 
いい歳したおっさんたちが、離島や海、山、川なんかの自然の中に突如として旅だって、テントを張って、ただ飯を作って酒飲んで、ひたすら楽しむ「東日本何でもケトばす会」の略して東ケト会の活動を、椎名誠さんが面白おかしく書いくシリーズ。
 
シリーズのほとんどの本を読んだんじゃないかな。
 
ボーイスカウトでキャンプの楽しさに目覚めてたこともあって、東ケト会のムチャクチャぶりも面白くて読んでるだけで楽しかった。
 
 
 



で、思っちゃったんです。
 
「自分も大人になったら、こういう暮らししたいな」って。
 
 
 
ちなみに東ケト会のメンバーは、突如旅立っちゃうので、サラリーマンはあんまりいないんです。
 
とーちゃんの背中をみて、「自分もいずれ自分の商売を始めたい」との思いに、「仲間たちといい歳になっても旅して自然の中で楽しめる暮らしをできるような働き方がいいな」が加わって、授業中の読書のおかげで余計に起業志向になっていった。
 
(ちなみに、後々社会人になってから気付いちゃいました。「自分って起業志向って言葉よりも、自営業・自由業志向なんだよな」って。)
 
 
 
自由を愛して、世間体にとらわれず、真剣にアホなことする大人の物語は、田舎の純朴な一高校生に多大な影響を及ぼしたのでした。
 
これまで、Bijaに夢中で全力投球してきてできなかったけど、この先は自分たちの「あやしい探検隊」を結成できるような働き方にしたいな。
楽しみです!



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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編5): バスケットマン清川

 

「なんでバスケットボールをそんなにがんばってやるの?意味あるの?いい大学に行けるわけでもないのに?」
 
 
高校の時はバスケ部に入っていて、学校の勉強よりもバスケ中心の生活してました。
バスケは、小学校からのミニバスから始まって、中学、高校の部活と続いた。
 
もともと背が大きかったらバスケを始めたのか、始めたからよけい大きくなったのかはよく分からないけど、中学生になったときには170cmあって、中学生の間に180cmを突破!高校1年のときに185cmまで伸びて止まった。バスケ向きの体でした(笑)。
 
中学のときはバスケの指導で有名な先生が顧問で、けっこう鍛えられた。
高校は県立の普通高校で、文武両道を掲げていて勉強以外でもスポーツ系の部活も盛んだった。今でも勉強の思いでもよりも、バスケ部の想い出の方が多いな。
 
 
と、まあそんなバスケ高校生に、親戚のおじさんが言ったのが最初の言葉。
 
ひどいよね!
 
でも、その当時、自分はおじさんに反論することがでなかった。
 
 
自分がバスケを通じて学んだことの価値に気付いたのは、社会に出てからだった。
 
何の本だったか、欧米の資産家が子供の教育をどうするか、という話しを読んだ。
うろ覚えだし、みんながみんなではないのだろうけど、資産家は、子供を寄宿舎のある学校に入れて、チームスポーツをやらせるそう。
資産のある子どもたちは、将来技能を身につけて社会で働いて行くのではなく、多くの人の力を借りながら親からだ引き継いだ資産を運用したり、次の事業につなげていったりする。
その時に大切なのは、人としての魅力であり人格であって、それは人にもまれて磨かれていく。その場として、共同生活やチームスポーツをするのは最高の場、とのことだった。
 
 
 
これを知った時、ああ僕があれだけバスケを一生懸命やって、学べたことってこれだったのかな、と府に落ちた。
 
もちろん、当時は自分でそう認識してなかったけれど、仲間たちと目標を目指して力をあわせて努力していくことや、チームワーク、けんかしたり笑ったり、自分を鍛錬していくこと、リーダーシップなどなど、多くのことを学んでいた。これは社会の出て働いていくときに大事なことだ。

そして、もともと人と接するのが苦手で、人どう会話していいかわかなかった自分も仲間たちに随分育ててもらったように思います、ホント。

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イチローをはじめ、スポーツを通じて人格を磨いていった、きらきらするような同世代のヒーローもいる。
 
もう一度おじさんに聞かれたら、自信を持って答えられるな、バスケを通じて学んだことを!
 
 
(ちなみに、自分の高校時代に、あの名作漫画「スラムダンク」が少年ジャンプで連載されてました。山王戦、泣いたな~。バスケをやってたからこそスラムダンクの感動も大きくて、この時もバスケやって良かったな、と思いながらウルウル読んでました。)



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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編4): ボーイスカウト

 

「何かスポーツやったら?野球、武道、何がいい?」
 
と両親に、スポーツの習い事を進められて、選んだのはボーイスカウト
 
スポーツじゃないじゃん(笑)。
 
小学校のときに、ボーイスカウトの下のカブスカウトから始めました。

 
 
両親が進めたのは、多分僕が引っ込み思案な子供だったからそれを心配してじゃないかと思う。
 
とにかく恥ずかしがり屋で、フレンドリーでたくさんの友達と元気に活発に遊ぶ子供、では全くなかったような。。。。。
自分から「何かしたい」って言って率先して何かするようなこともなかったな。。。
 

 
どうして自分がボーイスカウトを選んだのかは全く覚えてないけど、ボーイスカウトの活動は楽しかったし、勉強になった。
 
キャンプ、ロープワーク、夜間ハイク、野外活動、みんなで歌うこと、街の清掃活動、老人ホームの訪問、赤い羽根や戻りの羽の募金活動などなど。
 
隊長は面白くて、なんでもできて、責任感があってかっこ良かったな~。
先輩や後輩のスカウトといろんなことをできたのも楽しかった。
 
中でもキャンプは本当に楽しかった。
あと、かっこいい隊長が率先して社会の役にたつ活動をしていたのが、今でも本当に印象に残ってる。
 
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(中学2年のとき。相変わらず目が細いの~)
 

今思うと、子供のころに好きになったものやことってその後もずっと続いていることが多い。
 
ボーイスカウトでは、家や学校以外で、好きになれることにたくさん出会えたり、親や先生、友達以外の人と一緒に過ごしたり、活動を通じて自然や社会に関わるいい経験が持てたとてもいい活動だったと思う。
 
ボーイスカウトお勧めです!

 
(ちなみに、自分が人生で初めて作ったカレーって、ボーイスカウトのキャンプで作ったカレーかもしれない。木を燃やして飯盒で炊いたご飯おいしかったな!)




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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編3): 4代目

 

清川家は自分で4代目。
 
ひいお爺さんは、家が借金の問題でつぶれて小学校を出ただけだったらしいけど、商才のあった人で努力して浜松で米屋と肥料商で成功したそう。
 
お爺さんは、第2次大戦で戦火にあった浜松から北の天竜に疎開して、そこで豊富な木に目を付けて下駄の製造を始めた。聞く話によれば海外に下駄を輸出しようともしたらしい。
 
親父は、自分がまだ幼稚園児のころにアメリカ人の先生1人のところから、英会話スクールを始めた。
 
そして、僕はカレー屋(笑)。
 
毎代毎代、違う商売を始めてる清川家の血ってあるんだろうか?

 
 
遺伝的な血があるかどうかは分からないけど、僕自身が生まれたときには、すでにお爺さんはいなかったから、背中を見て育った父親の影響が本当に大きかった。
 
父親は、笑顔の明るい楽しい人で、やさしくて繊細な人だった。周りの人のことを考えられる人で、子供の僕たちにも本当に心のからの愛情を注いでくれた。(ほめすぎ?)

起業したころは大変だったと思うけど、自分の好きで夢中になれる仕事をしながら、家族の時間も大切にしてくれた。
 
そんな人生や自分の可能性にチャレンジして、生き生き暮らしている父の背中を見て育って、自分も物心をつくころには、「将来は、いずれ自分自身で事業をはじめてみたい」と思うようになっていた。


 
そして父親が外国語関係の自分の仕事と同じくらい力を注いいたのが、地域の国際交流協会でのボランティアだった。

浜松でホームステイのホストを募ったり、子供たちを海外に連れていったり、イベントやったり。
自分自身も楽しみながら浜松を拠点に世界との接点を持って暮らしていたように思う。
 
残念ながら父は自分が大学生の時に寿命を迎えてしまったけれど、今でも父の生き方や父と過ごした時間は自分の中にあるとても大切な財産だ。
 
父の死後、父の友人が伝えてくれた言葉は今でも覚えてる。

「お父さんは、英会話の学校と、国際交流の活動が、車の両輪みたいにうまくかみあっていたんだよ。そしてお父さんは最高の運転手で、その車に乗せてもらった私たちも本当に楽しかったし、幸せだった。」
 

 
ひいお爺さんがやっていた清川商店には、こんな話も残ってる。

ひいお爺さんの気持ちから清川商店では、食べるものに困ってお腹をすかせている人たちに、店先で無償で食事を提供することを始めたそう。そして、それを聞いた東海道の多くの人たちが浜松の清川商店を訪れるようになったとのこと。

店周りに生活に困った人たちがあふれる状況になって、治安を気にした警察に止められるまで、この無償の食事は続いたらしい。
 

 
地球を救うカレー」という、みんながハッピーになる商売のコンセプトが僕の中で生まれたのは、僕の体験や考えからだけじゃくて、知らない間に父や、お爺さん、ひいお爺さんたちの生き方や働き方が、きっと僕の中に引き継がれていたからなんじゃないかと思う。
 
父や祖父や曾祖父に比べて、まだまだな自分だけど、恥じない働きかたができるようにこれからもがんばります!

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カレー皿のむこうに広がる世界(成長編2): 美味しんぼ

 

いつどこで初めて買ったのかは前々覚えていないけど、中学生の時に、漫画「美味しんぼ」を読み始めた。
 
家族も食べることが好きだったし、自分も子供のころから食いしん坊だったから、面白くて何度も何度も繰り返し同じ本を読んでたな。
 

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「美味しんぼ」の連載がスタートしたのが1980年。
日本がバブル真っ盛りの時に人気があったから、いわゆるグルメ漫画的に思っている人も今でもいるかもしれないけど、中身は骨太。
 
 
・命あるものを殺して食べ生きている人間の業(ごう)
 
・食べる相手のことを「もてなす」を心の大切さ
 
・人、自然、文化のつながり中から食が生まれていること
 
・物事の本質を見極める深さを持つこと
 
・自分の考えをもち、それに基づいた行動を周りに流されずにしていくことのかっこよさ

 
などなど、多くのことを「美味しんぼ」を通じて学んだように思う。
 
 
自分が始めて買ったスーツは黒。
 
大学を卒業する前の就職活動で買ったんだけど、黒のスーツはもちろん主流じゃない。

なぜかというと、「美味しんぼ」の主人公の山岡さんが黒のスーツを着てたから。
(まあ、ちょっと痛い学生だったのは笑って許して!)
 

あと、NYに留学する前に英語力を磨くために語学学校に行ったんだけど、行った先はオーストラリア。

「美味しんぼ」の原作者が住んでるのも一因で、結果的にこのオーストラリア滞在がパーマカルチャー、エコビレッジ、WWOOFなどの扉を開いてくれました。(この辺のことは、そのうち書きますね。)

 
 
中学のころ読み始めた「美味しんぼ」で、有機農業ってものがあること、伝統的な方法で作られた醤油や味噌と工業的に作られた醤油や味噌があること、食の安全性なども始めて知った。
 
清川家は商売人の家だったし、食の仕事をしている家でもなかったから、食卓にお母さんが並べてくれたり冷蔵庫の中に入ってたりしている食べ物の向こう側を知ったのは「美味しんぼ」だった。
 
なぜ自分が、卵の黄身の匂いが気になって食べられないのか、当時の大手の醤油メーカーの醤油をおいしいと思えないのか、その理由が「美味しんぼ」を読んで分かってきた。
 

 
NYに留学中に、食の勉強をしている仲間たちは自分たちのことをfoodies(フーディーズ)って言っていた。

「食」に関心があって、大好きで、単に空腹を満たすために「食べる」以上に、人生の興味やエネルギーを「食べる」ことに注いでいる人たちだ。

彼らは、本当に「食」を楽しんでいたし、真剣だったし、よく勉強してた。
 
僕も自分はフーディーズの1人だと思う。

そして、その扉を開いてくれたのが「美味しんぼ」だったんだよね。 

もう30年前からオーガニックをはじめ食を深く掘り下げて、人気漫画で多くの人の読まれてきた「美味しんぼ」はやっぱり凄いな!
 
 
 
(ちなみに、留学中の食の文献を読んでいく人類学の授業で、なんと「美味しんぼ」が登場してる文献があった。
初期の、お母さんの作ってくれた紅玉のりんごパイの話しで、文化と食の深いテーマが漫画で読まれている日本の紹介でした。)



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店主清川が、Bija開店まで、開店してからの奮闘記、オーガニックのこと、Bijaのカレーに盛り込まれた想いのことなどなど書いています。
 
 


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2013年2月 8日 kiyo curry |

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